くまのまえブログ

当院の漢方診療:虚実について

今回は漢方医学において非常に重要な概念である「虚実」についてお話しします。この概念は古代から現代に至るまで、さまざまな解釈や変遷を経てきました。そのため、初学者にとってはしばしば混乱を招くこともありますが、虚実を正しく理解することは漢方治療の基礎です。

 

①虚実の概念

「虚実」という言葉には、時代や流派によって異なる解釈が存在します。『素問』通評虚実論篇には「邪気盛んなれば実、精気奪われれば虚」とあり、ここでは「邪気」と「精気」の2つの指標を用いています。「実」は邪気が盛んな状態、「虚」は精気が弱まった状態を指し、これにより虚実が定義されます。別の解釈として、『霊枢』小鍼解篇には「実は気あり、虚は気無きなり」とあり、精気の多寡を基準に虚実が区別されます。ちなみ『素問』と『霊枢』は中国三大古典の一つである『黄帝内経(こうていないけい)を構成する書となります。『素問』には生理・衛生・病理などの基礎医学が、また『霊枢』には診断・治療・鍼灸術などの臨床医学が中心に論じられています。

江戸時代を経て、現在、我が国で広く受け入れられている虚実の解釈は次の2つの観点から成り立っています:

1. 基本的な体力、または体格(精気の多寡)

2. 疾病に対する反応(精気と邪気との相互作用)

日本東洋医学会 ホームページより

 

②虚実の診断

虚実の診断において、二つの物差しは、慢性疾患と急性疾患で使い分けています。平素の体力、すなわち体質や体格的虚実は慢性疾患に対する処方選択の指標となります。急性疾患においては、疾病に対する反応(精気と邪気の反応)が重要な要素となります。この二つの物差しによる診断はほぼパラレル(同じ)であることが多いですが、必ずしも1対1で一致するわけではないことを理解しておくことが重要です。

例えば、体力的には実証の人でも、外邪の勢いが強く、体力を消耗すると虚の反応を示すことがあります。一方、体力が虚証の人でも、時には実の反応を見せることがあります。このように、二つの物差しを使い分けることが重要となります。

 

③虚実の治療

感冒(風邪)を例にとり、虚実による治療の違いを見てみましょう。例えば、平素に体力が実の人は実の反応を示し、汗腺を閉じることによって汗をかかずに自力で熱産生が可能となりますので、麻黄湯や葛根湯が有効です。一方、体力が虚の人は感冒にかかるとすぐに外邪に侵され、汗をかく反応を示します。この場合、麻黄湯や葛根湯を服用すると、体力がさらに消耗し、回復には繋がりません。こうした場合には、桂枝湯や香蘇散など、虚証に対応した処方が適切となります。

また、慢性疾患の場合は、体質や体格的な虚実を重視して処方を選択します。同じ柴胡剤であっても実証から虚証にかけて、大柴胡湯→柴胡加竜骨牡蛎湯→四逆散→小柴胡湯→柴胡桂枝湯→柴胡桂枝乾姜湯というように使い分けます。同様に駆瘀血剤についても実証から虚証にかけて、大黄牡丹皮湯→桃核承気湯→桂枝茯苓丸→当帰芍薬散と使い分けます。

 

④当院での漢方診療

当院では、西洋医学に加え、漢方医学を取り入れた診療を行っております。漢方は体質や症状に合わせた個別的な治療が可能で、長期的な健康維持を目指す点が西洋医学とは異なります。実際に当院で漢方治療を受けて、体調が改善したと感じている患者様も多く、特に慢性疲労や冷え性、消化不良などの症状で効果を実感していただいています。

漢方に興味がある方や、ご自身に合った治療法を探している方は、ぜひ当院にご相談ください。患者様の健康を全体的にサポートする最適な治療法をご提案いたします。

 

● 漢方についての、過去のくまのまえブログは下記を参照してください。

① 漢方医学の基本構造(気の思想・気血水論・心身一如・陰陽論・病態の流動性)などは、「当院の漢方診療:漢方医学の基本構造について」。

② 証や漢方方剤などは、「当院における漢方診療:証と漢方方剤について」。

③ 陰陽などは、「当院における漢方診療:陰陽について」。

 

参考文献:『学生のための漢方医学テキスト』日本東洋医学会学術教育員会、南江堂(2007)

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