当院の漢方診療:気血水 気編
当院では、漢方医学を取り入れた診療を行い、患者様一人ひとりに合わせた個別的な治療を提供しています。生体の異常を説明する病理概念として、気血水(きけつすい)の理論が用いられます。漢方医学においては、気・血・水の3要素が体内を循環することで生体のバランスが維持されると考えられています。今回は、その「気」について詳しく解説いたします。
①「気」の概念
「気」は、中国思想全般を通じて最も重要な概念の一つとされ、漢方医学では生命活動を営む根源的なエネルギーとされています。自然界で使われる言葉、例えば蒸気や元気、磁気などは、いずれも目に見えないけれども何らかの機能を持ったエネルギーを表現しています。気は目に見えない無形のエネルギーであり、生命活動においては精神活動も含めた機能的な活動を統括する重要な役割を担っています。
②「気」の生成について
気は、生まれた時に両親から与えられる「先天の気」と、自然界から取り入れる「後天の気」に分けられます。後天の気は、呼吸によって得られる「宗気」や、飲食物の消化吸収によって得られる「水穀の気」などから構成されています。気の総量を式で表すと、以下のようになります。
気 = 先天の気 + 後天の気
= 腎の気 + 呼吸(宗気)・消化吸収による気(水穀の気)
③気虚(ききょ)
気の絶対量が不足すると、気虚という状態が現れます。気虚の原因としては、気の産生が低下することや、気の消費量が増加することが挙げられます。例えば、食欲不振による水穀の気の減少や、発熱による過剰な気の消費が原因です。気虚の自覚症状には、全身倦怠感、疲れやすさ、気力の低下、日中の眠気、食欲不振などがあります。舌診での歯圧痕や、腹診での「小腹不仁」などが他覚所見として現れます。この状態を改善する代表的な生薬には人参(にんじん)や黄耆(おうぎ)があり、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)や人参湯(にんじんとう)などの方剤が効果的です。
④気鬱(きうつ)
気は、量が保たれるだけでなく、身体内を循環して初めて機能します。気の流れが滞ると、「気鬱」という状態が生じます。これは電気が電線内を流れない場合のように、気の流れが止まることで生じる不調です。気鬱の症状としては、抑うつ気分、喉のつかえ感、腹部膨満感などがあります。気鬱を改善する代表的な生薬には厚朴(こうぼく)や陳皮(ちんぴ)などがあり、香蘇散(こうそさん)や半夏厚朴湯(はんげこうぼくとう)などが効果的です。
⑤気逆(きぎゃく)
気は基本的に、頭部から下肢へ、あるいは中心部から末梢へと流れる性質を持っています。しかし、気の流れが逆流し、頭部に集中することを「気逆」と呼びます。これは電流にも方向性があり、向きに誤りがあると機能しないことに似ています。気逆の症状には、冷えのぼせ、発作的な頭痛、動悸発作、焦燥感などがあります。他覚所見としては、臍上悸(せいじょうき)や四肢の冷え、手掌や足底の発汗が見られます。気逆を改善する代表的な生薬には桂枝(けいし)や黄連(おうれん)があり、桂枝人参湯(けいしにんじんとう)や黄連湯(おうれんとう)が効果的です。
今回ご紹介した「気」は、漢方診療において重要な要素です。次回は「血」についてお話しさせていただきます。気血水のバランスを整えることが、健康維持の鍵となりますので、引き続きご興味のある方はぜひご覧ください。
次回もお楽しみに!
● 漢方についての、過去のくまのまえブログは下記を参照してください。
① 漢方医学の基本構造(気の思想・気血水論・心身一如・陰陽論・病態の流動性)などは、「当院の漢方診療:漢方医学の基本構造について」。
② 証や漢方方剤などは、「当院における漢方診療:証と漢方方剤について」。
参考文献:『学生のための漢方医学テキスト』日本東洋医学会学術教育員会、南江堂(2007)