当院の漢方診療:診察法 望診②
前回に引き続き、今回は「望診」の続きとして、「舌、頭髪、口唇の診察」および「舌の観察(舌診)」について詳しく解説いたします。
④爪、頭髪、口唇の観察
漢方医学では、体の表面的な部分からも体内の状態を読み取ります。爪、頭髪、口唇は、身体の内的な不調を反映することが多いので、これらの観察も重要な診察法です。
● 爪の状態: 爪が割れやすく、爪床部に亀裂が見られる場合、血虚(血の不足)が疑われます。気虚を伴うことも多いです。また、爪の色が暗赤色である場合、瘀血(血流の滞り)が示唆されます。
● 頭髪の状態: 頭髪が抜けやすい場合は、血虚が関与していることが多いです。特に、円形脱毛症は気鬱(気の滞り)と関連することが多いとされています。頭髪の状態からは、血液の健康状態を読み取ることができます。
● 口唇の状態: 口唇の色や状態にも注目します。暗赤色を帯びた口唇は瘀血、淡白色の口唇は血虚を示唆します。乾燥して亀裂が生じている口唇は、脾虚や血虚、津液の不足が原因となっている場合が多いです。たとえば、小建中湯は脾虚、温経湯(うんけいとう)は血虚や瘀血、人参養栄湯は津液不足の病態に使用されます。また、口角炎は消化器(脾胃)の不調を示し、口腔内のアフタは心の熱を反映するとされます。
⑤舌の観察(舌診)
舌の状態は、病状の進行や陰陽、虚実、寒熱、気血水のバランスを反映する重要な指標とされています。舌質と舌苔の所見は、全身的な病態を示す部分現象として重要な診察ポイントです。
舌質
舌質とは、舌の色や形、つやなどの特徴です。舌質を観察することで、体内の病気や虚実を読み取ります。
1. 淡紅色〜淡白紅色: 正常な舌は淡紅色を呈しますが、淡白紅色の場合は貧血や蛋白代謝障害、組織の浮腫を考える所見で、漢方的には気虚または血虚を示唆します。気虚の場合には「四君子湯」や「補中益気湯」などの人参湯類や参耆剤(じんぎざい)が、血虚の場合には「四物湯」などの地黄剤が適応されます。淡白紅色で湿潤傾向にあれば寒証と考え、乾姜(かんきょう)や附子(ぶし)あるいは桂枝(けいし)を含む方剤を、また乾燥傾向にあれば滋潤(じじゅん)作用のある方剤が考慮されます。
2.紅色〜深紅色: 紅色や深紅色の舌は、急性の熱性疾患の存在を考え、熱証の病態ととらえます。実証・熱症で口渇が伴う場合は、黄連、黄芩、黄柏、山梔子、知母、石膏を含む方剤(瀉心湯類や石膏剤など)を使用しますが、口渇がなく温湯を好む場合は、津液の不足を補う方剤(麦門冬、人参)あるいは附子剤を用います。また、病状が増悪傾向であれば循環障害を考え、舌苔(糸状乳頭の発育)の観察に重点を置きます。乳頭の発育が良好であれば柴胡剤や瀉心湯が適応されます。乳頭の発育が不良であれば腎虚や気血両虚の病態と考えます。
3.紫がかった色調: 舌が紫がかっている場合は、循環器・呼吸器の異常を考える所見で、瘀血の兆候を示します。これには、血流の滞りを改善する薬が使用されます。また、急速に津液が減少している場合には、滋潤作用の地黄、阿膠(あきょう)などを含む方剤を用いる場合があります。
舌苔
舌苔は、舌の表面に現れる白や黄色の膜で、体内の病態を反映しています。
1.舌苔の成因: 舌苔は、剥がれた上皮細胞や食物残渣、唾液・粘液などの分泌物、細菌・真菌類などが糸状乳頭の間隙に蓄積することによって形成されます。唾液の分泌が減少すると、舌苔が増えやすくなります。
2.舌苔の色調と性状:
● 白苔(はくたい):寒証の病態か、熱証が強くない状態を示します。白苔が浄苔(じょうたい)であれば「小柴胡湯」、膩苔(脂っぽい苔)の場合は「半夏瀉心湯」などが適応されます。
● 黄苔(おうたい):強い熱証を示す場合に見られます。熱が裏に入った場合、褐色や黒色の苔が見られることがありますが、これらは嫌気性菌の影響によるものと考えられます。
「望診」における舌や口唇、爪などの観察を通じて、患者さんの体調や病気の兆候を詳細に把握し、治療に役立てることができます。これらの情報を基に、最適な漢方薬を選定し、患者さんに合った治療を提供していきます。
次回は、「聞診」や「問診」について解説し、漢方医学における診察法をさらに深掘りしていきます。
参考文献:『学生のための漢方医学テキスト』日本東洋医学会学術教育員会、南江堂(2007)
● 漢方についての、過去のくまのまえブログは下記を参照してください。
② 「当院の漢方診療:証と漢方方剤について」。
③ 「当院の漢方診療:気血水 気編」。
④ 「当院の漢方診療:気血水 血編」。
⑤ 「当院の漢方診療:気血水 水編」。
⑥ 「当院の漢方診療:五臓①」。
⑦ 「当院の漢方診療:五臓②」。
⑧ 「当院の漢方診療:診察法 望診①」。




